ネットへの書き込みをする時に、気をつけている点があります。
「どんな立場の人が見るか分からない」という事です。
もちろん実生活で発言する時もそうだけど、とりわけネットだと相手が見えない分、余計気を遣っているつもりです。
ある場所での発言で、次のようなケースに遭遇しました。
そこでは、少し前にあった高校生がトイレで赤ん坊を産み落とした事が触れられていました。
その事件について、「なんでそうなる前に何とかしなかったのか」とか「無責任だ」とかの反応なら分かるんです。
しかし、ある人が言ったのは
「女子の割礼じゃあるまいし」
です。
その後の文を読むと、恐らくは「野蛮で無知な行動だ」というつもりの例えだったようです。
それを目にした印象は、何故この人はそういうために割礼を例えに出したのか、です。
全く不可解です。
まず、単純に無知によるセックス・出産と割礼という行為に結びつきが無い事(強いて言えば、行動者が女性)。
なので、今回の事件に触れるために割礼を挙げる意味が無いこと。
次に、今回の事件はどうすべきか分からなかったにせよ、女子高生が自分で決定した結果に対し、割礼は周囲が主となって行う儀式である事。
更に、今回の事件は本人の無知で起こった事件であるのに対し、割礼は賛否両論があるにせよ、その地域では習俗的・宗教的考えにのっとった儀式である事。
ざっと上げてもこれだけの不可解な点があります。
それに加えて、この発言には、それを見ている人の中に女性が含まれるということをほぼ見逃している感じがあります。
「どうしていいか分からずに出産した女子高生がいる」
「それって女子の割礼じゃあるまいし」
こういったやり取りを女性の面前では出来ない(そもそも男性の面前でもおかしい)ですよね。
「ある男性が避妊をしないでがんがんにセックスをして妊娠させた」
「それって割礼じゃあるまいし」
性別を変えると、如何におかしな例えか分かります。
それが、ネットだと、相手がいるのを忘れて書いてしまう。
これって気に留めて置かないと忘れそうで怖いことです。
今回の場合ほどでなくても、ある芸能人について発言する時に、書いた人はその人を嫌いでも、逆に好きだっていう人は大勢いるわけです。
それを忘れて、
「○○は顔は不味いし、演技も下手だ」
ってあからさまに書けば、好きだって人が見たら不快に思います。
おべんちゃらを言う必要はないと思うけど、
「△△は良いにしても××という点があるから良くない」
という風に根拠を上げて批評するべきではと思います。
自分の意見を持つことは重要だけど、世の中全員がその意見に同調する人じゃない、立場は色々だということを忘れてはいけません。
根拠のある批評は良いけど、単なる批判に陥っては駄目ではないでしょうか。
人間、裏表が無いのがベストでは無いでしょう。
やはり、ネットは安易に書き込める分、安易に見る事が出来るので、それなりの配慮が必要だと思うのです。
人気blogランキングへ ブログの殿堂へ

テーマ : ブログ日記 - ジャンル : ブログ